獅子鮟鱇詩詞

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zoom RSS 面会謝絶の部屋のなかには花畑 夏石番矢

<<   作成日時 : 2010/10/11 20:49   >>

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 きのうの俳ラ17、実に楽しかった。
 タイトルの一句は、俳ラ17で朗読された夏石番矢さんの『あたたかい迷路』のなかからの一句。

画像


 オープニングは、天狗仮面こと宮崎二健さんの「俳句怒号」

  順讀 ばかばっかああばかばっかばかばっか 宮崎二健
 (逆讀 河童河馬河童河馬ああ河童河馬    獅子鮟鱇)

 そのなのだ、集まっているのは馬鹿ばっかなのだ。おれは、馬鹿じゃないと、怒って帰った者はひとりもいない。
 しかし、馬鹿も河童も河馬も、JazzBarサムライの外にもたくさん。

  俳ラに来る馬鹿来ない河馬

 二健さんの略歴にいわく「金欠病で自己名義の句集未だ無し」。
 JazzBarサムライの外には、その人なりに精魂を込めて詠んだ句を広く読んでもらうために、また、後世に残すために、句集を出版する人もいるだろう。大事なのは「その人なりに」−そんなものは、人からみれば、どこかの馬の骨かも知れないにしても。
 しかし、明の時代に中国で印刷術が発明されてから、東洋では、馬の骨を後世に伝えることも可能になった。
 句集を出版すれば、自分が死んだあとにも句を読んでもらえる、という希望が、わが国では持てる。

 しかし、読むのと聞くのと、読者にとっては、どちらが効果的なのだろう。二健さんの俳句についていえば、まず彼の肉声で聞く、それから配られたレジュメを読んで、彼の肉声を思いだす、そういうプロセスを踏むことで生命を引き込まれる句が、確かにある。

  ばかばっかああばかばっかばかばっか 宮崎二健

 この句を句集に入れる者がどこにいるだろう。だから、二健さんは、それをJazzBarサムライで怒号した。
 一方、句集に入れても仕方のない句を句集にいれる者がどこにいるだろう。

    どこにでもいる。

 清貧の詩人、林逋を思えばそう答えたくなる。
 林逋は、詩は作ったが、作っては捨てていた。印刷の発明以前の人だから当然だが、林逋が自ら編んだ詩集は,
ない。
 しかし、それでも残ってしまうものは残って今日に伝えられているのだが、「金欠」を「清貧」と読めば、二健さんの作句態度は、林逋の作詩姿勢とも似ている。

 俳ラならではの、いろんなことが勉強になった。
 まず、「世界俳句」の若きドイツの同志アンドレアス・プライスの俳句が、私よりずっとうまいことが、口惜しい。

 駅古く 満開の桜は錆色なし

  the station withers;
  the cherry tree's full bloom alone
  is free of rust

  die Haltestelle verfällt;
  des Kirschbaums volle BlÜte nur
  ist frei von Rost

人間が作ったものはすべからく錆びていくが、桜の花だけは錆びない。

 また、俳ラの女王ギネマさんの朗詠。

   公衆便所の鏡が母の漬物部屋につながっていたとは ギネマ

 ギネマさん、秀句多し。
 「額の無い」を「学の無い」と書き間違え、「女のハダカ美しき」を「女の歯型美しき」と読み間違えた句もあった。

 掲句―この句をあげたのは、いろいろ書ける句だからで、ピカ一だから、というわけではない。
 この句、公衆便所の「鏡の国のアリス」を思う。
 しかし、アリスがたどりついた先が、母の「漬物部屋」とは。
 「漬物部屋」という言葉が凄い。
 「漬物」こそが主婦の技だった時代があり、漬物の達人だった義母と漬物が苦手な嫁の関係も見えてくる。
 「公衆便所」、それは田舎にはない。だから多分、ギネマさんが詠んだ公衆便所は六本木ミッドタウンの公衆便所なのだ。
 そういう公衆便所の鏡に向かい化粧をちょっとだけ確かめる女が、なぜ「母の漬物部屋」をふと思わなければならないのか。
 それは、

  

 だからだ。

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内 容 ニックネーム/日時
 ギネマさんの略歴(http://haila.seesaa.net/article/111333008.html)に、
>俳句志「もののふの会」に参加し少しずつ作品を作るが、実は俳句の勉強はしたことがない下等俳人。
 俳句の勉強をすれば、孫やひ孫に読んでもらえる句集を出せるのだろうか。
獅子鮟鱇
2010/10/11 22:17
その一

いやはや、昼の準備段階から二次会の深夜まで、
お蔭様で五穀六道豊穣な秋の文化祭でありました。
単なる俳句朗読の会が、ここまで文学性国際性豊かに
エンタメとしても両立した会が持てて、
特に今回は国際派の御三家のご参加に感謝いたします。
俳ラは1998年より地下活動的に17回の開催を行って参りました。
今回は国際舞台で俳句朗読の活動をされている、
夏石番矢氏を始めアンドレアス・プライス氏、
石倉秀樹氏の降臨とも云えるサプライズは幸甚でした。

わが天狗仮面に扮した俳句朗読に呆れず、
高評まで賜り恐縮の至りです。
「ばかばっか…」の拙句の逆讀解釈には、感服しました。
まったく意図していない読みで、我ながら驚きました。
取るにも足りないばかげた句が、
読み解きの魔術によって眩しい光彩を放ちました。
石倉さんは句評の錬金術師ですね。

「俳ラに来る馬鹿来ない河馬  獅子鮟鱇」

「捨てる神あれば拾う神あり」みたいで面白いですね。
ものの価値観は十人十色で、逆も真なりとも。
卑下も自慢のうちか、つい書いてしまった「金欠云々」を
清貧云々とおっしゃられては、やはり錬金術師と思います。
昼ごはんと二次会の時に、偉そうなことばっかり言いましたが、
林逋という詩人は知りませんでした。覚えさせて頂きます。
二健
2010/10/12 02:59
その二

アンドレアス氏作品一句評は、
寂びにも通じる視点論点。
ギネマ氏作品への句評においては、読み違い、
書き違いを、あえて意図的に、そういう仕掛け
に掛かってみる面白さを思います。
記事タイトルの番矢氏作品は、
超然の「俳ラ」のことが言い当てられている
ようでその目敏さに感心しました。
正にお花畑でありました。
奇妙な花も咲いておりました。

肝心の石倉さんの出番の時は楽屋で
天狗身解きをしていましたので、
見そびれました。後でビデオで拝見します。
今レジュメを見ているのですが、
何やら未知の領域でありまして
眉間に皺がよります。

「愚生実は六十年間ろくに悩まず」
という微笑ましい貴句を見つけて
ほころびました。自由律の橋本夢道の句
みたいで親近感がわきました。

選句におきましては、自分の見識と感覚の
次元よりも高いものには目が届かない
ものだということを実感しました。
石倉さんに措かれましては、
六道の天に設定させい頂きました所以です。
二健
2010/10/12 03:04
二健さま
 コメント、ありがとうございます。
 拙句評につき、過褒、ありがとうございます。お昼ご一緒させていただき、「俳諧」をめぐるお話を拝読し、句評もまた「俳諧」でありたい、と強く思った次第です。
 句集や歌集をいただいて、作者の心を正確に斟酌しひとこと申し上げようと思うと、望んでもいないお見合いの場で何かいうのと同じで、言葉に窮します。
 しかし、俳ラは、自由恋愛。思ったままにいえばいいわけで、面白かったです。
 思ったままに思えばいいよ、いえばいいよ、という空気は、死字となった活字とは無縁で、ライブでなければ生まれないんでしょうね。
獅子鮟鱇
2010/10/12 10:30

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