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zoom RSS 外人やかたち構わず詠む俳句 呉昭新先生の短歌その二

<<   作成日時 : 2014/06/17 08:58   >>

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フォルモサやネロが楽しむコロッセオ 呉昭新先生の歌について」について

 呉昭新先生から拝領した短歌には、次のような作品もあった。 

 日本語

  俳句の森迷子になるか外人や
     かたち構わず本質を詠む

 台語

  外國人 ◇俳句林內 ◆無路
      不管外型 善詠本質成好句
       ◇は「在」から「土」をとり、そこに「人」を加えた字
       ◆は手へんに「罪」を加えた字

 華語(普通話)

  外國人 迷失路徑 俳句林
      不取外型 善詠本質成好句

 英語

  Foreigners went astray
  in the forest
  of HAIKU
  knowing no external form of it
  but its essence

 ただし、呉昭新先生の掲載順は、台語、華語、日本語、英語の順。
 呉昭新先生は「世界短歌」を提唱、「世界短歌」は母語で詠み、母語をオリジナルとする。

 この作品、テーマは「世界俳句」だが、私もそのとおりだと思う。
 定型俳句にこだわる日本の俳人は、俳句は、季語を用い五七五に詠まなければならない、という。
 それを日本の国内で、なかんずく文語を学習するグループの中でいっているうちはよいが、海外の俳人たちにもそれを説く。
 五七五は文語のリズム。現代口語のリズムでは、五七五になりにくい。
 だから、季語を五七五に作る俳句は、おおむね古めかしい響きを帶びるのだか、それはともかく、五七五、五七五という。
 そして、母国語で俳句を詠む海外の俳人にも、俳句は五七五、あなた方も五七五で詠むべきだ、という。

 そこで、俳句を五七五で詠む俳人、海外にも少なからず。
 しかし、五七五で詠むHaijinのHaikuは、日本語に翻訳するととても長くなる。
 欧米語は短歌ほどの長さ、中国語(漢俳)は短歌よりもずっと長い。

 そして、それを読む。
 そして、これは俳句ではない、という。
 それでは何であるのか。俳句の五七五に由来した三行詩だ、そういうことにする。

 海外のHaijinからみれば、
 俳句は五七五だとさんざんいわれたから五七五に詠んだ。
 それなのに、この作品は俳句ではない、三行詩だ、といわれなければならないのか。

 そういうとても理解しがたいことが、俳句の五七五をめぐって起こっている。
 そして、五七五に詠んでいたのでは俳句にならない、ということを知っている海外のHaijinは、
 もはや俳句を五七五には詠まない。呉昭新先生の歌にあるように、

   かたち構わず(俳句の)本質を詠む

 呉昭新先生も然り。五七五には詠まない。

   紗袗薄/夕陽畫描/現実美

   羅(うすもの)や夕陽の描く生身の美

 ただし、直訳すれば、

   紗袗(うすもの:シースルー)は薄く夕陽の畫描(えが)く生身の美

 また、

   紅嬰仔出生/大声哭/一路◆眞久  ◆は多+句の一字。[多句]

   産声やなーがい長い旅ですと

 ただし、直訳すれば、

   紅嬰仔(赤子)出生し大声で哭く 一路まことに久(なが)しと

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