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zoom RSS 「第11回世界俳句協会日本総会」と「第5回世界俳句セミナー」に参加

<<   作成日時 : 2016/04/30 19:52   >>

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 昨日(4月29日)
 「第11回世界俳句協会日本総会」と「第5回世界俳句セミナー」に
 「葛飾吟社」の詩友長谷川さんと参加した。
 懇親会には、日中多忙だった「葛飾吟社」の竹田さんも参加し、司会を担当。

  第11回世界俳句協会日本総会と第5回世界俳句セミナー
  http://banyahaiku.at.webry.info/201604/article_35.html

 「世界俳句セミナー」今年もとても充実していた。
 俳句がどう世界に広まっているのか
 毎年のセミナーはそれを知るよい機会であるのだが 今年は
 私は
 俳句が20世紀初頭の西欧の詩にとても大きな影響を与えた
 ことについて
 知見をひろげることができた。
 私は、『世界俳句2016 no.12』所載の俳論5篇について
 感想を述べた。 

     『世界俳句2016 no.12』の俳論について

 俳論5篇、日本の常識と較べてみると多くの示唆に富んでおり、充実した俳論集になっている。

1  『俳句と世界』 夏石番矢 日本

 「俳句という短詩の最も根源的な特長は、日本神話やモンゴルの「世界の三つ」が示すように、三つの要素によって一つの世界を生み出すことにあります。五・七・五や季節感ではありません。」 という言葉がポイント。

 日本人の常識:俳句は五・七・五の三句。一方で、三段切れの善し悪しを説く。
 三段切れはぶつ切れになる、特に初心者避けるべし、と説く。これでは、三の意味がわからない。

 五・七・五も三段切れも日本語のリズム論、翻訳されれば消えてしまうもの。
 これに対し、 「ことばの三本柱」 は、言葉の意味をどう構成するか、というもので、翻訳されても消えるものではない。つまり、俳句のエッセンスに触れている。

2  『アラビア語俳句は可能か』 アブデリカデール・ジャムッスィ モロッコ

 アラビア語圏の詩の伝統、歴史を踏まえつつ、俳句の将来について語っている。
 日本人の常識:アラビア語圏の詩文化と日本の詩文化は、多分あまり似ていないだろう。
 しかし、アラブ詩は
 19世紀に西欧のロマンチシズムを採用し、第二次大戦後にエズラ・パウンドやT・S・エリオットの写象主義、さらには自由詩、散文詩のコンセプトを新しい詩形として採用した。
 その歴史は、そのまま日本の詩についてもいえる。
 西欧詩の影響のもとに国の年代記として詠まれていたアラブの伝統詩は変革され、日本の伝統詩であった漢詩は詩壇の隅に追いやられた。

 しかし、俳句については、アラブの詩人たちは
1 「俳句を現代アラブ詩へ新しい強さやビジョンを提案しうる詩的表現のジャンル」 とみなし
2 「俳句を、長く顕在するアラブ詩の形式や内容から全体のレトリックや美学までを、より過激に解体するツールかその代わりとなるもの」 と捉えている。
 この考えは、江戸の俳諧精神の精神に似て、進取に富んでいる。
 一方、日本の俳人の多くは、漢詩と和歌の間にあって、俳諧を楽しんだ江戸の美風、そのインターナショナルな精神を忘れ、俳句を日本の伝統文芸、日本に固有のものと思っている。

3  循環的な影響―俳句の翻訳』 ジェームス・シェイ 米国

 「「発句」に関する実り多き誤解」 というとても魅力的な言葉で始まる俳論。
 欧米がどう俳句を受容してきたのか、それをとても示唆に富んだ視点でトレースしたうえで 「翻訳の循環的な影響」 に触れる。
「文学的なメビウスの輪、翻訳はその文化交流において、誤解があるにもかかわらず、そして時々それがあるためにすべてを豊かにすることができる」

 日本人の常識:詩は翻訳不可能。俳句は翻訳できない。

 詩は翻訳不可能論は何も生み出さない。
 しかし、翻訳による実り多き誤解が、新しい作品を生み出す活力がある。

4 『俳句、女の色彩』 ズラトカ・ティメノヴァ ポルトガル・ブルガリア

 日本人の常識:短歌は女性向き、俳句は男性向き。

 「俳句と女性」というテーマを与えられたら、日本人は、俳句と女性の関わり方、女性の俳句の特長、その男女比較などを考えるだろう。
 しかし、筆者は、女性の俳句ではなく、俳句の女性性を考える。
 その女性性に対する男性性は、「西洋の伝統的思考」
 「西洋の伝統的思考では、人間は、言語、つまり、分離し、分類し、対立させるロジックの力を持つとみなされている。したがって、世界は、理解されるようさらされている。人間の言語は、秩序を生み出し、指導し、操作する。
 これに反して、女性は沈黙を支配する。全体性の知性を与える相互の浸透運動のなかで、女は世界をさまざま感覚によって同化する。女たちの言語は、受け入れ、結びつける。」

 この文章、女性を俳句と読みかえることができる。
 筆者は、しかし、男女のものである俳句を、女性のもの、男には不向きで女性向きのジャンルにしようとしているのではない。
 俳句の女性性に触れる一方、女性俳人の作品を多数とりあげており、その解釈も詠みごたえがあるが、個々の作品の女性性を際立たせることはしていない。

5 『フランス語圏などの俳句』 小川静枝 日本

 日本人の常識:国際詩祭で外国人が俳句を詠むとは考えられない。

 筆者は国際詩祭参加の経験豊か。
 カナダ、ベルギー、フランス、アイルランドの詩祭等で、俳句をめぐってご自身が見聞きしたことを、丁寧にレポートしている。
 拝読すると、俳句がいかに世界に広まっているか、どのように広まっているのか、その空気がわかるよい俳論。

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