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zoom RSS 漢語俳句(十二言一行詩) について

<<   作成日時 : 2017/06/19 16:27   >>

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漢詩から十二言俳句と俳句を詠んでみる 楓橋夜泊(張継)江南春(杜牧)」について
.
 拙記事「漢詩から十二言俳句と俳句を詠んでみる 楓橋夜泊(張継)江南春(杜牧)」
 http://shiciankou.at.webry.info/201706/article_50.html
 について 漢語俳句(一行詩) の提唱者 紫陌青猫さん
 http://apple6111.fukuwarai.net//
 からコメントをいただいた。
 お答え、少し長くなるので記事にします。

(青猫さんのコメント)
 お二人のコメントを拝見させて頂きました、
 ささやかな試みにご興味を持って頂き、
 よい詩友に恵まれ、とても嬉しく思います。
 清愁さんの作品は繊細、優美、とても素晴らしい。
 石倉さんは漢詩から取材、すごい発想ですね、
 まことに目から鱗、感心しました。
 「抛砖引玉」、こういうことですね。

 「一行詩」として、既存の詩と何が違うか?
 一緒に整理してみましょうか?
 1、漢語俳句。漢語を使って創作する俳句です。
  一句一行、内容には首尾連貫、力求綿密。
 2、漢語を使用する以上、
  漢語文法、漢詩詩法に沿うのは当然ですが、
  既存漢詩詞の規則に拘らない
 3、一行12文字。七五か五七か、或は他の組合せ、
  詩のリズムを出すのため、「断句」しません
  標点不要、押韻不要。
 4、詩の意境。
 5、、、
 他に何か気づいてない所やするべき所、
 ご指摘を頂ければ幸いです。

(青猫さんへのお答えに換えて)
 漢語で俳句を試みるということを前提にすれば
 青猫さんのおっしゃるとおりだと思います。

 ただ
 十二字に詠む漢語短詩をどう作るか
 ということとは別で
 七言と五言の二句に作る一地清愁さんの作品は
 青猫さんがおっしゃるとおりで
 「繊細、優美、とても素晴らしい」です。

      三首  一地清愁

  年年似有雨中約,一路紫花結。
  年年(としどし)に雨中の約のあるに似て一路に紫花(あじさい)結びけるかも

  雨声偏与睡相宜,花影夢中移。
  雨の声ひとえに睡(ねむ)く相よろし花の影あり夢中へと移る

  嫦娥何處倚閑愁,新月窄如鈎。
  嫦娥は何處(いずこ)閑愁に倚りをらん新月窄(すぼ)み鈎のごとくに

 青猫さんが提唱する一行詩と
 清愁さんの十二字詩のどこが違うかですが
 清愁さんの作品は押韻によって七言と五言の二句に分かれ
 それぞれの句の平仄も見事に整っています。
 そして
 平仄を調え押韻をする七言と五言の句作りは、詞ではよくあり
 平声の押韻だけでも
 憶江南、荷葉杯、眼兒媚、武陵春
 などがありますが
 清愁さんの作品は
 前後に句を加え
 詞に発展させることもできます。
 清愁さんの作品は
 それ自身で作品としてすでに完結しているのですが
 詞になじむ詩法で詠まれています。

 実は私も
 清愁さんの詩法と同様の十二字の短詩を試みています。

      七五令・見錢眼開  2012.05.03 -0993

  人從天縱轉發財,見錢青眼開。

 そして、同じ十二字でも
 上七下五よりも
 上五下七(五七令)にする方が
 五四三に詠めるので詠みやすいように思っており
 作数も上五下七が圧倒的に多いです。

 さらに 私の場合は
 漢語の短詩を試みる というよりも
 読み下し(日本語への翻訳)が
 短歌の五七五七七になることに重きをおいています。
 日本人の私が短歌や俳句を詠むのなら
 日本語で詠めばよい
 と思われるかも知れませんが
 字数だけを規律とする日本語の詩歌は
 平仄と押韻が可能な漢詩に較べ
 手応えがなく
 作る甲斐がないのです。
 私個人の好みに過ぎませんが
 短歌ほどの意味内容のことを詠むなら
 日本語ではなく漢語で
 平仄と押韻を楽しみながら詠みたいのです。

 しかし
 平仄と押韻を楽しみながら詩を作る
 ということそのものが
 短歌的ではあっても
 俳句的ではないのではないか
 青猫さんの一行詩を拝読して
 強くそう思う次第です。
 同じ十二字の詩歌でも
 平仄はともかく
 押韻をすれば短歌的になり
 押韻をしなければ俳句的になる
 そう思えます。
 ただし
 4、詩の意境。 
 青猫さんのおっしゃるとおりで
 詩の意境なき十二字は
 漢語俳句とはいえませんね。
 そして
 押韻すれば詩の意境に近づきやすいが
 押韻しない十二字が
 詩の意境に近づくのはとても難しいと思います。

 押韻するとしないとでどう違うかで言えば
 押韻すれば二句(二行)になり
 押韻しなければ一句(一行)です。
 そして
 日本の短歌と俳句でみれば
 俳句は五七五で一句ですが
 短歌は
 古くは五七/五七七
 後には五七五/七七
 です。そこで
 押韻すると短歌的となり
 押韻しないことで
 俳句に近づけるように思えます。

 俳句の詩情には
 短歌との比較になりますが
 欠落感、未完成感があると思います。
 その欠落
 未完成の部分を読者の想像力が補う
 そういうところがあると思います。
 とても魅力的で、
 しかしどこか欠落感がある
 それに応える押韻句を読者が考えてみたくなる
 そういう欠落感
 十二字一句一行の詩の意境があれば
 漢語の俳句になるように思えます。
 いわば
 一編の詩の源泉を詠む
 それが俳句であるように思います。

 最後に小生の「漢詩から十二言俳句」ですが
 日本人の私には
 押韻しない十二字の句作りはけっこう難しく
 自然に心の赴くままに十二字を詠むことはできません。
 そこで
 古人の絶句の源泉を探るつもりで
 詩中集句し
 十二言俳句としています。
 どの句を選ぶかが結構楽しく
 絶句作りの勉強になればとおもっています。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
一行詩のための美文を拝見しました、
論理整然、重点鮮明、
きちんと整理され、説得力満点。謝謝。

拙提案の原点は俳句に対した憧れです
詩として俳句は独特な魅力があります:
@僅かの文字で一つ完美な詩の意境を作り出す、
A既存季語、余白を利用して
 字面よりはるかに多い内容を表現する。
私はその2点に特に惹かれ、
中国の水墨絵に共通点があると思います。
石倉さんが言った「未完成感」か、
東方芸術の美感を感じます。
紙を絵具でいっぱい埋める油絵と違い、
水墨絵はもっと奥深い、遐想させられます、
文字での表現なら、書き尽くすより
余白を持って表現するのは難しいと思います。

残念なことは私は書きたいでも日語俳句を書けません、
漢語なら、下手でながらなんとかなる
それで漢語俳句の始まり、
俳句の特徴を前提しての試しです。
これからもご指導お願いします。



青猫
2017/06/19 21:56
青猫さま
俳句に多大な関心を持っていただき
日本人としてとてもうれしいです。
私は俳人としては筋が悪く
つまり
人からよい句だと言われるような句が詠めません。
日本語しか話せないのに
日本語にはよくわからないことが多く
わからないことが多いので好きになれず
もちろんよい日本語が使えず
そこでよい句が詠めないのでしょうね。

>残念なことは 私は書きたい でも日語俳句を書けません、

日本語はやっかいです。
たとえば
ガマガエルはヒキガエルともいいますが
「NHK俳句」で選者が
ヒキはみやびでガマはそうではない
といっていました。
ガマとヒキの違い、私にはわかりません。
また、題が「蟇」なのにわざわざ「蟾」にしている
投句がありました。
どちらにしてもガマと読むのに
作者は蟇と蟾とを推敲したのです。
蟇蟾したのです。

日本語はやっかい過ぎます。
日語俳句、私は
あまり書きたくないです。
獅子鮟鱇
2017/06/20 06:48
十二字诗,不押韵的话,更灵活。

十二字诗,没有逗号,但是我还是添了逗号,因为读十二个字,我不能瞬间地,抓住音节。心理上,有一点点的混乱。
一地清愁
2017/06/20 10:02
今度の美文を読みながら、思わず微笑みだった、
鮟鱇師は素直に謙虚しすぎではないか?
博学なのに
日本語にはわからないことが多い
よい日本語が使えず、、、云々、
又は俳句まで「恶其馀胥」、
冗談でしょう?信じません。
時々拝見させて頂く文章に
いつも感心します、
中から日本語の良さをよく味わえます、
何しろ、これからも
日本語及び俳句について
色々教わって頂きたいです、
宜しくお願いします。


青猫
2017/06/20 13:24
清愁さん
一行詩に興味をお持ちになり、
嬉しく思います。
清愁さんに簡単しすぎるものです、
気楽にたくさん作って頂ければ幸いと思います、
一行だから韻は存在しない、標点もいらない、
12字にはどこで停顿、换气は自由でしょう、
ただ、内容の貫通は必要ですね。
日本俳句のよう、
切るところあっても一行です。
青猫
2017/06/20 13:40
>12字にはどこで停顿、换气は自由でしょう、ただ、内容の貫通は必要ですね。
 停顿、换气、記号を付けるなら「,」ではなく「、」ですね。
 いずれにしても12字の句は伝統詩にはない、そこが面白いです。
 長い句があって、続きを期待する
 しかしその続きがない、
 そこに空白が生まれると思います。
 そしてその空白が、俳句的に思えます。
獅子鮟鱇
2017/06/20 15:13
石倉様
>停顿、换气、記号を付けるなら「,」ではなく「、」ですね。
ここの停顿、换气は
「構思」「読む」時のリズム調整です、
つまり、造句、吟詩の抑扬顿挫
字面に記号ないです、
漢字は殆どの字には意味がある
12文字である程度の情報量が載せられます、
一気で読むのはしんどい場合があります、
物理的に適切な「停顿、换气」が必要です。
一行詩は
首尾連貫一行で、記号要りません。


青猫
2017/06/20 22:02
>首尾連貫一行で、記号要りません
 了解しました。
獅子鮟鱇
2017/06/21 08:23

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