獅子鮟鱇詩詞

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zoom RSS 年寄りが寄らば大樹の俳句かな

<<   作成日時 : 2017/07/17 10:55   >>

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 寄らば大樹の陰というが
 年寄が大樹に寄り添って何が得かと思う。
 定年退職後に
 あるいは私のように老後を見据えて50歳のあたりから
 俳句を始めよう
 あるいは漢詩を作ろうという者にとって
 大樹の陰に身を寄せることに
 どれだけの意味があるのだろう。
.
 漢詩には大樹はない。
 大樹は中国にはあるかも知れないが日本にはない。
 中国にあるにしても
 それを学び
 その陰に身を寄せるのは至難。
.
 しかし俳句は
 大樹に身を寄せるのが簡単。
 有季定型の教えに沿って作句すればよい。
 つまり
 季語を用い五七五に詠むのが俳句だ
 という教えに従えばよい。

 しかし
 年寄りは有季定型を詠むことに
 何を楽しみとすればよいのか。
 日々の雑感瑣事を記録することを喜びとすればよいのか。
 よい作品で
 結社の主宰に褒められればうれしいのか。
 新聞やテレビやネットの投稿で
 入選できれば
 それを老後の誉れや励ましとすればよいのか。
 そして
 その個人的な栄誉や努力の結果を
 自費で一冊の句集にまとめることができれば
 満足できるのか。

 50歳を過ぎて始めたことに
 大業は期待できない。
 そうであれば老いらくの大志は
 どう抱けばよいのか。
 老い先は短く
 生活は清貧を保てばよいのだから
 作句は
 思うことを自由に詠むのがよいだろう。

 思うことを自由に詠んで
 俳句でやりたいことを自由に試みて
 こんなものは俳句じゃないと言われて
 挫けたりするのは
 年端のいかない若者の事案だ。

 年寄りは
 誰のためにではない
 自分のために俳句を詠むのだから
 人から何を言われようと
 お構いなしだ。
 有季定型の若造から何をいわれようと
 君は俳句作りにおいて
 どれだけ自由ですか
 と逆に問いかけてやればよい。

 年寄りの俳人の特権
 それは枠にはまらないことだろう。
 世縁を超越して
 自由に俳句が詠めるということだろう。
 しかし
 世間では
 それを知らない年寄りが
 たった一個の有季定型の結社を支え
 たった一個の有季定型しか認めない出版社などを支えていることが
 不思議でならない。

 俳人であり また
 詩詞数千の定型の海を気ままに泳ぐ漢詩人である
 獅子鮟鱇はそう思う。
画像
  鮟鱇喜海暝,大抵昏昏睡。點火口前燈,奇魚鱗聚戲。  画:足柄金太郎

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