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zoom RSS 俳句は日本語でなくたって詠める その二

<<   作成日時 : 2011/02/18 20:19   >>

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 きのう紹介した台湾の呉昭新先生の「俳句並不是只有日語才可以吟詠(俳句は日本語でなくたって詠める)」は、日本にいると見落としてしまうことが書かれていると思えたので、記事の全文を翻訳してみた。翻訳は、つまりは熟読。
 呉昭新先生、私の現代中国語の読解力が及ばないところは、ご指摘ください。


     「俳句」並不是只有日語才可以吟詠
   世界俳句協会(World Haiku Association)と会刊 2011 の簡介
                                吳昭新


 きのう紹介した台湾の呉昭新先生の「俳句並不是只有日語才可以吟詠(俳句は日本語でなくたって詠める)」は、日本にいると見落としてしまうことが書かれていると思えたので、記事の全文を翻訳してみた。翻訳は、つまりは熟読。
 呉昭新先生、私の現代中国語の読解力が及ばないところは、ご指摘ください。

 二日前に日本から届いた『世界俳句2011 第7號』(World Haiku 2011 No.7)(2011/01/30 發行)、は世界俳句協会(World Haiku Association)發行の年刊であるが、その内容編集には、一般の俳句集や俳句雑誌とは異なっている点があるので、みなさんに簡単に紹介しておきたい。また、みなさんに、「俳句」は日本語でなくとも吟詠できることをお伝えしたい。みなさんは、自分の母語(台語、客語、華語、英語、粵語、滬語、原住民的語言……)で吟詠し、発表できるのである。

 「俳句」は日本語の短詩のひとつで、たった17音節の人類の言葉のなかで最も短い詩として世界に知られている。しかし、台湾では、「俳句」は世界文学上の最短の日本語の「詩」であることを知る人はいるものの、「俳句」が世界各国で各々の言語によって吟詠されるようになって半世紀以上になることを知る人は多くない。しかし、最近の「哈日あるいは萌日」と関係があるのだろうか、インターネット上では「俳句」に興味を抱く若者もだんだん増えてきている。

「俳句」は日本本国ではすでに四百年以上の歴史があり、最近の百年間に各種流派が形成されている。四百年前の「連歌」および「俳諧」の「發句」を始まりとし、現代俳句の父「俳聖」正岡子規(1867〜1902)が設定した写生写景、有季・定型の「俳句」、いわゆる「伝統俳句」に発展した。その後の継続発展により、文語でも口語でもよいとか、無季・有季不問であるとか、主観写景でも客観写景でもよいとかとするケースへも発展し、漢詩口語の自由律現代詩型の如き俳句もすべて利用可能とするケースにも到っている。加えて、英文の「Haiku」一詞をもって、第一次世界大戦の發生以前に、すでに西洋に伝わり、西洋の国々で俳句の形式に倣い自国の言葉で書く「俳句−Haiku」文学が始まっており、異なる国々の異なる言語で吟詠されるようになって早くも百年近くになっている。第二次大戦後、俳句伝播の速度は加速され、日本の政治・経済の復興に随い、「俳句」文化が国際的に広まったことは争えない事実となっている。

 話を戻すが、俳句は日本の短詩であり、江戶時代に定型となり、現代の俳句定型は、明治時代の正岡子規(1867〜1902)が俳句の吟詠を定義して伝統的な俳句形式としたことによる。伝統俳句の三大準則は、「季語、五七五音節および客観写生」である。しかし「俳句」の本質は、短小であることと余白を残すことにあり、そのため、いつの時代にも伝統俳句の準則を踏まえずに詠まれる俳句が存在ことになり、「前衛俳句」と呼ばれて文壇に轟轟烈烈たる騷動あるいは論戦を間違いなく引き起こし、第二次大戦中には軍部の思想統制によって投獄される者もあった。その情況はむろん、古今あるいは洋の東西を問わず珍しいことではない。さらに日本の俳句が西洋に伝わって以来、今日に到る百年以上にわたって、三行短詩の形態を外観的な定型とするHAIKUが普及しており絶えることがない。中国でも三十年来、「漢俳」の形式が普及してすでに三十年近くになる。西洋の表音言語あるいは中国の表意言語が日本の俳句の形式および内容に完全に符合するものではないにもかかわらず、普及しているのである。最近の二三十年、前衛俳句の作者は俳句の内容や外型について思惟するところが広いので、西洋のHAIKUや漢語俳句や世界が所有するすべての言語の短詩を総称して「世界俳句」としている。

 俳句の国際化に際し、伝統俳句の圏内の多くの人は、伝統俳句の狭窄たる定義をひたすら守り、「前衛俳句」を承認しようとはしない。国際化した俳句を正統の「俳句」として受け入れることなど、尚更である。この現象は明治時代に始まって一貫して持続しており、一波また一波と、不断に反復してぶつかって来ており、最近はこの現象がさらに厳しくなる趨勢にある、ともいわれている。しかし、一方では少なからずの日本の俳人、表音文字で詩を作る西洋人を含め、「俳句」の本質、すなわち短くとも余白を残すという本質を追究するために、使用する言語を問わず努力を続けている。それらの人らが、「世界俳句協会」(World Haiku Association)を成立せしめている一群の俳人、詩人なのである。

 それらの人らは2000年に、日本の明治大学のフランス語の教授、夏石番矢(本名:乾昌幸)を中心に、アメリカの詩人James Michael KacianとSloveniaの詩人Dimitar Anakievとともに、Slovenia のTolminで、世界俳句協会創立のための大会を開き、11か国68人の詩人がそれに参加した。この後、世界各地で2年ごとに一回の国際大会を開いている。2003年には日本の奈良県天理市で第二回大会が開かれ、13か国の詩人100人が参加、 2005年にはブルガリアで、2007年には日本の東京で、2009年にはリトアニアで大会を開いている。2004年11月には最初のアンソロジー『世界俳句2005第1号』(多言語、全272頁)を刊行し、この後、毎年多語言で刊行している。

 夏石番矢教授は、1955年に日本の兵庫県で生まれ、1979年に東京大学教養学部フランス語科を卒業、1984年大学院比較文学比較文化博士課程を修了。1984年に埼玉大学教養学部専任講師となり、1987年明治大学法学部フランス語講座助教授、1992年に教授に昇任。1996年から1998年までパリ第7大学の客員研究員。2010年には東京大学文学部で「世界的俳句」の講義を担当している。1983年東大大学院の学生の時、第一句集『猟常記』を出版。その直情、猛進、倔強、天才型の個性は、平坦安穏な道を選ばず、東大の学生時代から、前衛俳人高柳重信を師と仰ぎ、二十数歳で俳壇で活躍する俳人となり、いばらの草むらの中で一筋の独創的な小道を開き、その道は今や、多くの者が競って進む坦然たる大道へと発展しつつある。彼には多くの俳句集、俳論と詩文に関連する論文があり、各種の言語で各国で出版されている。 2000年9月、Slovenia のTorminで世界俳句協会を創立、ディレクターに専任され今日に到っている。2008年、日本で初めての大規模国際詩祭(Tokyo poetry festival 2008)のディレクターを勤めた。このほか、俳句に関連する多方面の獎賞については枚挙にいとまがない。彼の夫人鎌倉佐弓もまた著名な俳人であり、多くの俳句集を発表している。私は毎日ふたりのブログを閲読し、二人が、蹄を停めない馬のように世界各地に赴き、日に夜を継いで、世界各国から寄せられる俳句の翻訳や編集や評論に勤め、十年以上にわたって真実の夫唱婦隨で、「世界俳句」の明日のために奔走している鴛鴦夫婦であることを了知している。

 二日前に私が受け取った『世界俳句2011 第7號』(World Haiku 2011 No.7)は、その内容が240頁を超えるもので、全世界41か国、181人の詩人の522の俳句、7か国の15人の15の俳画、6篇の俳論、また日本とニュージーランドの24句の兒童俳句を収録している。そのもっとも特長的な点は、各俳句にはすべて作者の母語による原文に、英語と日本語の翻訳が付けられていることであり、すべて専門家が翻訳したもので、日本語、英語、華語(普通話)、ドイツ語、フランス語、リトアニア語、イタリア語、スラブ語、ロシア語、モンゴル語、ポルトガル語、インド語、クロアチア語、ルーマニア語、ハンガリー語、………等等の言語を含み、私の俳句を例にとれば、台語、華語、英語、日本語の四種の言語の文字で印刷されている(私が提出した原文は台語、華語、日本語の三種で英語は編集部の専門家の翻訳、大部分は主編の夏石教授の翻譯)。編集に携わった方々の辛苦と艱難がしのばれる。

 この本では、漢語/漢字による投句者は私を含め全部で7名。そのうち5名は日本に住んでおり、石倉秀樹は私の友人で漢詩人、其の他の四名は名字を見るに日本人であり、芋川冬扇、石塚萬李子、高橋香雪、田村美智代。この四名はすべて三四三で三行十字の漢字で漢語俳句を吟詠しており、私が推薦している華俳、湾俳と同数の漢字を目的としている。好奇心の赴くに任せ、日本語のGoogleで検索してみたが、予測したとおり、前の三名は日本の漢詩社の成員であり、最後の一名は見つからなかったが、たぶん漢詩社の同人であるのだろう、そして、彼らが使用している三四三の漢字詩は正に日本人中山逍雀が提倡している短漢詩「曄歌」である。また、別の一名は台湾在住のアメリカの詩人Paul Pfleuger、 Jr。彼はとても活躍している詩人であり俳人であり、詩作品が多く、台湾の成功大学で教鞭をとっている。私は彼を知らないが、検索してみると非常に資料が多く、彼が華語あるいは日本語をどの程度知っているのかわからないが、彼もきっと英文以外に華語でも投句しているのだと思う。でなければ、華語の句稿があるはずがない。誰かが替わって翻訳しいるのかも知れないが。

 最後に、この文を書いた目的だが、私は、俳句に興味を抱く若い人や詩人が勇躍として「世界俳句協会」に参加することを希望している。「世界俳句協会」には、言語についての規範・制限はない。個人それぞれが自らの母語によって俳句を吟詠すればよいのであり、それが俳句の本質、短かいが余白に留まるものがあれはよいのであり、台語(ここでは狭義の定義、客家の友人もみなさん、御容赦ください)と客語を使用すればよいのである。

 「俳句」の歷史、本質、議論、台湾における普及のケース、「漢語/漢字俳句」に関わる拙見、「漢俳」の見方などは、このブログのなかの関連記事等を参考にしていただければ幸いです。

1.《台灣俳句》之旅 :
http://140.119.61.161/blog/forum_detail.php?id=3177
2. 吟詠日本俳句−現代俳句的蛻變:
http://140.119.61.161/blog/forum_detail.php?id=4030
3.《漢語/漢字俳句》——―漢俳、湾俳、粵俳、…、?―
http://140.119.61.161/blog/forum_detail.php?id=4047

4. 『世界俳句2011 第7號』的介紹
http://banyahaiku.at.webry.info/201102/article_5.html

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